もう半分
江戸は本所林町にある小さな煮売酒屋では茶碗一杯八文の酒を売っている。居酒屋のさらに下というような安価な店で、行商人や職人がやってきては、なけなしの金で何杯かの酒を飲んでいく。ある晩。雨模様のため、早めの店仕舞いをしようとするところに「ごめん下さい」と入ってきたのは天秤棒で野菜を売って歩く常連の爺さん。年の頃は六十代半ば、色が黒く痩せこけて、頭に毛がちょっとだけ残っているというみすぼらしさである。この老人は茶碗に半分ずつ酒をついで貰い「もう半分」と半分ずつお代わりをする妙な癖を持っている。その晩も茶碗に半分の酒を飲み干すと「この世に極楽があるとせればこの時ばかりです」といいながらお代わりをする。爺さんは「もう半分」のお代わりを繰り返したあげく、店を出て行く。亭主は店仕舞にしようと、片付けをはじめるが、爺さんの座っていたところに残された包みに気付く。中を改めてみると、五十両の大金・・・。<br/>
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一席物の怪談噺として良く知られた名作である。現行の演出では、店に戻った爺さんが亭主に「金は無い」と冷たく拒絶され、悲嘆にくれて入水自殺をする、という展開になるが、雲助版では主が追っかけて行き、出刃包丁で刺し殺すという筋書きになっている。これは五代目林家正蔵の速記を元にした演出で、雲助が今日に再生した。また、速記では冬の噺になっている背景を、蒸し暑い夏の晩に改訂している。通常版の「もう半分」も因果噺として充分に面白いが、雲助版のすぐれた点は、煮売酒屋の夫婦が暗い過去を持つ男女として設定されているところ。女房にそそのかされた亭主が、それまでの好人物からがらりと変わり、本性を現す場面には人間というものの不気味さがよく出ている。また、爺さんと主の会話から、ともに今の生活を抜けだし、少しは楽な生活がしたいという願望が浮かび上がり、爺さんと亭主は共通項を持った人間であることがわかる。爺さんの金を奪ったことで主は上昇することに成功するが、しかし、おそろしい因果を背負うことにもなる。残酷な殺し場は、下座入り、芝居掛かりの演出で様式化。陰惨な殺しを芸に昇華している。後半も一気にサゲまで運び、引き締まった出来。<br/>
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2008年8月29日開催、第20回「浜松町かもめ亭」での録音。
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https://rakugo.ch/play/111
2018-04-08T00:00:00+09:00