紋三郎稲荷
全国各地に数多い稲荷神社のうち、関東でよく知られているのが茨城にある笠間稲荷。笠間の大名、牧野越中守貞明の家臣で山崎兵馬という男は江戸への参勤交代が決まったが風邪のために出発が三日遅れてしまいひとり笠間を出立した。取手の渡しを過ぎたところで、駕籠屋に駕籠をすすめられ、乗っている最中につい居眠り。防寒のために着込んでいた狐の胴服(防寒着)の尻尾が駕籠の外へぶらさがってしまう。これを見ていた駕籠屋がびっくり。「ひょっとしたら笠間のお狐様ではあるまいか」と話しているのを耳にした駕籠内の兵馬は「ちょっとからかってやれ」といたずら心を起こし、みずからを「紋三郎稲荷の眷属の者である」と名乗る。これから江戸へ出て王子、松崎、九郎助と稲荷神社のあるところを巡ると話し、途中の茶屋では稲荷寿司を次々に食べる。この様子にすっかりお狐様だと信じ込んだ駕籠屋は日ごろから紋三郎稲荷を信心している松戸の本陣・高橋清左衛門へ兵馬を案内。話を聴いた本陣の亭主は大喜び。下へも置かぬ歓待をするが・・・。<br/>
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落語には狐、狸が出てくる噺が多くあるが、本作は人間のことを周囲の人たちが狐だと思いこんでしまうという洒落た噺である。狐信仰を扱いながら、人間の悪戯心、先入観にスポットが当てられた物語で、「お狐さま」の威徳に右往左往する人間たちと、言動が次第にエスカレートする主人公の心の動きが面白い。江戸時代の稲荷信仰がどれほど厚かったがわかるという意味では貴重な歴史資料でもある。扇辰の口演は折り目正しく、主人公の武家言葉と地の語りが心地よく響く。取手の渡し場での北風の描写など、自然のスケッチも巧み。冬空のしたで展開する、のどかな噺の雰囲気をよく出している。この噺は四代目・橘家圓蔵が得意にしたと言われるが、あまり口演頻度は高くなく、二代目三遊亭円歌、六代目三遊亭圓生などが口演したのち、入船亭扇橋、その門人の扇辰に継承された。
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2018-04-08T00:00:00+09:00