真景累ヶ淵 豊志賀からお久殺し
富本節の師匠、豊志賀は三十九歳になるが器量よしで男たちの評判の的。
男の弟子たちは師匠に惚れて通ってくるが、豊志賀本人は「男嫌い」と称し、浮いた噂ひとつない。
弟子のひとり、新吉は二十一歳になるいい男。
刻み煙草の商人で、まめな気働きをするところから豊志賀にも気に入られている。
あるとき、豊志賀宅の女中が体をこわし、暇をとる。代わりの女中をさがしているところへ、
「新吉を女中代わりに住まわせては」という声が上がり、新吉が住み込みで働くことになる。
それからしばらくした嵐の晩、ひょんなきっかけから豊志賀と新吉は男女の仲に。
はじめて男を知った豊志賀は新吉にのめり込み、それを見た周囲の弟子はどんどんと離れてゆく。
そんななか、稽古を辞めることもなく、熱心に通ってくるのが谷中の荒物屋「羽生屋」のお久。
十七歳の娘盛りである。新吉とお久が仲良さそうにしているのも許せない豊志賀はお久を憎むようになり…。
三遊亭圓朝の長編怪談噺「真景累ヶ淵」より、「豊志賀」から「お久殺し」までを通して口演した一席である。
「累ヶ淵」は十数回にわけて口演されるほどの大長編。
圓朝が二十代の頃に創作した怪談噺である。
これは江戸時代からよく知られた「累伝説」を下敷きにした作品で、中心にあるのは、男に執着したまま死んだ女の怨念が、
その後もずっと男に祟ると言うプロットである。「累もの」の特徴と言えるのは、死んだ女の霊が、男の恋人に取り付き、
一瞬にして女の容貌が変化したり、怪我をするという怪異がおきるところで、まさに累々と被害の連鎖が続いていく。
もとの累伝説は下総の国、羽生村を舞台としたもので、与右衛門という男が鬼怒川ぞいの土手で因縁ある女を殺してしまう。
そのときに鎌を使ったという言い伝えがあり、これを踏まえて芝居や話芸の「累もの」には必ず鎌が出てくるという約束事がある。
圓朝の「真景累ヶ淵」で、新吉が心ならずもお久を殺してしまうのが、むかし与右衛門が殺人を犯した「累ヶ淵」、
そのきっかけになるのが道端に落ちていた鎌である。圓朝のすぐれた趣向である。正雀も簡潔に触れているが、
「累ヶ淵」の全体像を見れば、豊志賀の親、皆川宗悦と新吉の親、深見新左衛門が仇同士、
その子供が恋仲になるという因果噺がある。しかし、この豊志賀のくだりはそうした因果を抜きにしても、
年増が若い男に執着し、嫉妬に狂うという設定が現代的で普遍性がある。そのため、全段を通してもっとも
口演頻度の高い部分になっている。正雀の口演は師匠である林家彦六ゆずりで、お久殺しの場面を芝居仕立てで聴かせる。
正雀の硬質で緊密な語りが噺を引き締めて息もつかせない。
第33回「浜松町かもめ亭」での録音。
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https://rakugo.ch/play/237
2018-09-05T12:00:00+09:00